交通事故でテオ・アンゲロプロスが死去

 ギリシャの映画監督、テオ・アンゲロプロス氏が24日、アテネ近郊で新作映画の撮影中に道路を渡ろうとしてバイクにはねられ、搬送先の病院で死去、76歳。ギリシャ紙カティメリニ(電子版)などが伝えた。

 残念すぎる。「永遠と一日」もっかい見たい。

富士通のSEはどこへ行くのか

富士通の3万人SE職務転換大作戦は成功するのか?

富士通、余剰SE変身作戦

富士通がグループで抱える約3万人のシステムエンジニア(SE)の大がかりな職務転換に乗り出した。一つのシステムを複数の企業などが利用するクラウドサービスがこのまま普及すれば、顧客の要望を聞いて個別システムを作り込むSEは仕事がなくなり、余剰人員問題が顕在化するからだ。野副州旦元社長の急進的な改革路線を修正した富士通はSE余剰問題で軟着陸を目指すが、クラウドの奔流にのみ込まれる危うさもはらむ。

富士通、余剰SE変身作戦

 

新卒で入った会社が富士通Gのパートナー企業であったことから、一緒に仕事をする機会が多かった。富士通が一次受けで富士通のグループ会社が二次、うちが三次なんてのもあって、業界ではありがちなことだったと思う。富士通と仕事をすると思うことは多々あるんだけれど、どんな不合理を述べ立てたところで仕事を取ってこれる事・生み出す事がシステム開発業界の正義だと定義すれば誰が何と言おうと彼らはスーパースターだ。創造主だ。世の中をより良くは出来なかったかもしれないが、地球を覆い尽くす勢いで紙の設計書の束と富士通製PCがずらっと並ぶ豚小屋を生産し続けた。あの虚無感と言ったらなかった。まあそれはどうでもいい。


今回の職務転換作戦とやらだが、富士通GはこれまでにもCD-ROM生産工場で盤面チェックなどしていた工員にJavaを学ばせ、3カ月くらいの教育でシステム開発技術者にクラスチェンジさせるなんて荒業をしているので、それに比べたら大した「変身」ではないと思う。何しろ、40代で生産ライン管理をしていた人間にいきなりシステム開発をやらせたのだ。当時2年目だった自分は富士通Gからチームリーダーとして来た彼の話を聞いて、そいうこともあるのかとのんびり見ていたが今思うとすごいことだ。


今回の職務転換でSEに何をやらせる気なのか、に興味が湧く。元記事を書いたひとは個別システム担当のSEにクラウドを担当させるのだろうがスピード感が違うので無理、みたいなことを書いているが個別システムからクラウドは全然職務転換じゃないし、サービス形態やプラットフォームが変わろうが「金融」とか「公共」などの業種で分けられた部署が継続してお得意様を担当するので、顧客とがっちりしている部署はそのまま残る。クラウド化による減収はお得意の虚業で仕事を作り出し、それでもその中で工数的に余る人員、主に保守・仕様変更で稼いでいた人員が今回のターゲットだと思う。

芥川・直木賞に希望を覚えた

芥川賞受賞会見・田中慎弥さん - NHK「かぶん」ブログ

久しぶりに文学賞に興味を持った。中高校生のころ、純文学に憧れて芥川・直木賞の受賞歴がある作家を探し、阿部公房、堀田善衛遠藤周作司馬遼太郎中上健次などを読むことができた。
なんて面白いのだろうと過去から現在へと進んでいくうちに、90年代以降からちょっと普通だな、と思い始め2000年代に入るともうこれは並み以下だろう、という作品まで出てきた。学校の図書館で長嶋有桐野夏生重松清を読んでこれはもう駄目だ、何の参考にもならない賞になったと憤ったのを覚えている。

「共喰い」は正直今あまり読みたくない感じの内容だが、ヘラヘラした受賞者の顔ばかり切り取られ報じられているのを見てなんだか生ぬるくなったなあ、と感じていた文学賞に久しぶりに関心が湧いた。
同時に受賞している円城塔は前に「Self-Reference ENGINE」をタイトルに惹かれて購入したものの全く付いていけず、でもなんだか分からないものに感じる面白さから、こういうものを読んでいる人は他に何を読んでいるのかと検索していて飛浩隆伊藤計劃に辿り着いたという非常に幸運な思い出がある。
円城塔が未完に終わっている伊藤計劃の「屍者の帝国」を書き継いでくれるという幸福な知らせもあるので、「Self-Reference ENGINE」を再読しながら待ちたい。

 

TOKYO RISING

TOKYO RISING

東京で生まれて、東京で育ち東京で働いていると、自分の世界がすごく狭く感じることがある。人ばっかり多くて大きな建物が次々に立つ、田舎者が集まってきて上京物語を語る、そんな一切も日常に溢れるありふれた光景として捉えてしまう。
ニューヨーク、マカオ、香港に行ったときはなんてエネルギーのある場所だろう、と感じたけれどそれも余所者目線だからかもしれない。東京はもっと素晴らしいところだったかもしれない。東京ってこんな風に見えたのか、と新鮮に映る。

頭がよく見えるということ

僕は自分が思っていたほどは頭がよくなかった - しのごの録

元ネタは reddit というソーシャルニュースサイト。自分は他人よりも頭がよいとずっと思っていたが理系エリートが行くMITへ行けない事がわかり悲観している学生に、MIT卒業生・現面接官を名乗るひとが「頭がよい」とはどういうことなのか、経験談含め今後のアドバイスを送ったもの。

妬ましいほど頭がよく見えるひとがいる。かつて自分は人よりずっと良く出来た筈なのに、年を取るにつれそれほどでもなくなる。程度の違いこそあれ、身に覚えのあるひとも多いだろう厭な現実について前向きに解説してくれている。特別な存在だと思っていた自分が、なんでもない有象無象と同じ(あるいはそれ以下)だと気付いたときの失望から目を逸らしてはいけない。それはなにも、突然に抵抗できない絶対的な力が働いて才能を貶められたわけではない。思い込みや空想で飾り立てた自分でなく、有りのままの自分に気付いただけだ。自分が何か失ったわけじゃない。

『年をうんととってボケ始めるまでは、「頭がよく」なるチャンスはあるのです。』
文中では道具箱と言い例えているが、その道具箱を大きく、研ぎ澄ますための習慣、ハングリー精神、瞬発力は失われたら取り戻すのは難しい。

自分が及ばないと思っている人は雲の上の存在ではないんだよ。