頭がよく見えるということ

僕は自分が思っていたほどは頭がよくなかった - しのごの録

元ネタは reddit というソーシャルニュースサイト。自分は他人よりも頭がよいとずっと思っていたが理系エリートが行くMITへ行けない事がわかり悲観している学生に、MIT卒業生・現面接官を名乗るひとが「頭がよい」とはどういうことなのか、経験談含め今後のアドバイスを送ったもの。

妬ましいほど頭がよく見えるひとがいる。かつて自分は人よりずっと良く出来た筈なのに、年を取るにつれそれほどでもなくなる。程度の違いこそあれ、身に覚えのあるひとも多いだろう厭な現実について前向きに解説してくれている。特別な存在だと思っていた自分が、なんでもない有象無象と同じ(あるいはそれ以下)だと気付いたときの失望から目を逸らしてはいけない。それはなにも、突然に抵抗できない絶対的な力が働いて才能を貶められたわけではない。思い込みや空想で飾り立てた自分でなく、有りのままの自分に気付いただけだ。自分が何か失ったわけじゃない。

『年をうんととってボケ始めるまでは、「頭がよく」なるチャンスはあるのです。』
文中では道具箱と言い例えているが、その道具箱を大きく、研ぎ澄ますための習慣、ハングリー精神、瞬発力は失われたら取り戻すのは難しい。

自分が及ばないと思っている人は雲の上の存在ではないんだよ。